でも、佑次郎さんはの名前は呼ばれませんでした。審査が終わり、試合の終了を認識したとき、体と会場の熱気が、少し遠くなったような気がしました。あれだけ叫んだのに。あれだけ祈ったのに。私たちは、しばらく舞台を見つめたまま動けませんでした。
そして、「……なんて声をかけよう。」と持ってきたケーキと花束を手に、ロビーへ向かいます。そこには、奥様と、戦いを終えたばかりの佑次郎さんがいました。私たちを見ると、佑次郎さんは、申し訳なさそうに頭を下げました。
私たちは、何と言えばいいのかわからない。「お疲れさまでした!!」「ゆうじろうさん本当にかっこよかったです」という台本通りの言葉が口をついて出てきた。しかしメンバーの伊藤愛がはっきりと言い放った。
「審判は、どこを見てるんですか。」
「佑次郎さんが、一番でした。」
「私、悔しいです。」
しかも、大粒の涙を流して。
愛ちゃんの涙を見た瞬間、胸の奥にあったものが、一気に込み上げてきました。
佑次郎さんも。奥様も。ゆうきちゃんも。私も。気づけば、大の大人が5人。ホテルのロビーで泣いた。それは、悲しいだけの涙ではありませんでした。悔しかった。本当に、悔しかった。努力されてきたことを知っていたから。真夏の暑い中、毎日トレーニングしていたことを。身体をつくりながら、食事も水分も制限し、限界まで自分を追い込んでいたことを知っていたから。
その日、私は改めて、佑次郎さんという人の強さを感じました。
トレーナーとして。そして、経営者として。たくさんの人を引っ張っていく立場にいる人が、自ら大会に出て、人前に立ち、自分自身の身体と努力のすべてをさらけ出して、評価される。それは、ものすごいプレッシャーの中で、自分自身と向き合うことなのだと思います。そして、その舞台から降りたあとも、自分自身の悔しさを飲み込んで、仲間に気を遣い、奥様を気遣い、応援してくれた人たちに感謝を伝え、笑顔でいようとする。それが、佑次郎さんなのだと思いました。
でも。その「大人の対応」に、NOを突きつけたのが、伊藤愛でした。
「私は悔しい。」
「納得いかない。」
「佑次郎さんが一番だった。」
綺麗なドレスを着た伊藤愛は、顔をぐちゃぐちゃにして、心の底に皆が感じていたその感情を、なかったことにしなかった。涙と一緒にみんなの気持ちも一緒に全部出してくれた。そして不思議なことに、その言葉を聞いた瞬間、張り詰めた緊張が解けた。その場にいた誰も愛ちゃんの言葉を否定しなかった。それほどまでに、みんなが佑次郎さんを一番好きで、みんなが彼を応援していたのだと思います。
私たちはその日、消防士として第一線で活躍していた仕事を離れ、新しいフィールドに挑戦し、そして、たくさんの人が見ている舞台で、本気で戦い、本気で悔しがり、涙を流す一人の男性に出逢いました。その姿を見て、私は帰り道、何度も自分に問いかけました。
私は、私を生きているのだろうか。
私は、本気なのだろうか。
友達が、悔しくて泣いてくれるほど、私は、自分の人生を生きているのだろうか。
応援した喉が確かに痛む、東海道線の中で、そんなことを問いかけずにはいられない、忘れ難い一日になりました。
私たちには、もうひとつ、やり残していることがあります。
あの日、振り出しに戻って。何度も何度も探して。
最後の最後に出逢った、太陽の石「シトリン」
太陽のように、どんな時も輝き続け、そして多くの人を照らし続ける。
そんな佑次郎さんをイメージした、太陽のジュエリー。佑次郎さんと作り上げた世界にたったひとつのデザインのネックレス。そのジュエリーを完成させなければならない。
大会は終わりました。
でも、私たちの物語は、まだ終わっていません。いよいよ、9月13日(日)21時、佑次郎さんと共に半年以上の歳月をかけたジュエリーを販売します。
「太陽の石」と呼ばれるシトリンを大胆にあしらった、ユニセックスのテラヘルツネックレス。テラヘルツ YUJIROモデル。 いよいよ発売です。
ここまでブログを読んでいただきました皆様、貴重なお時間本当にありがとうございます。少しでも佑次郎さんやメンバーの素晴らしい生き様や人柄が伝われば嬉しく思います。その人らしく輝くこと、今回のジュエリーのテーマとしていますが、どんな境遇にある人も、自分らしく輝くことを諦めないでほしいと心から願っています。
寄付できるジュエリー間も無く4年目を迎えようとしています。今日まで多くの方に応援いただき、支えていただき、本当にありがとうございます。これからも私たちらしく歩んでまいりますので、応援してくださると嬉しいです。
制作ご協力
© THE STOIC CLUB
マネージャー/エグゼクティブトレーナー 田中 佑次郎さん
本当に長いお時間お力添えいただきありがとうございます。
2026年9月13日
伊藤愛
倉本美紀
田代弥生(記)